贈与税には時効があります

 

平成27年の相続税の基礎控除額の改正を機に、生前における節税対策を意識している方が多くいらっしゃるかと思います。

 

ご費用・お手間の点においてその敷居の低さから、『生前贈与』を有効な節税手段として活用している方も多いのではないでしょうか。

 

しかし、その手軽さの反面で、過去に贈与があったと記憶していたけど、申告や納税を失念してしまった、申告義務を知らなかったという方で不安な方もいるのではないでしょうか。

 

今回は、そのような疑問・不安を抱えている方に対し、『贈与税の時効』について実務経験・調査状況を踏まえご説明し、どのように対応したらいいかについてまとめました。

 

「贈与税の時効」の概要


みなさん、『時効』という言葉を聞いてどのようなイメージをお持ちになりますか?

 

馴染みのあるところでは、TVドラマでの殺人事件(刑事事件)を思い描く方が多いのではないでしょうか。時効成立を願う犯人、それを阻止するために奮闘する刑事。

 

そもそも時効とは、ある権利が一定期間行使されない時に、その権利が消滅することをいいます。

 

税金の世界でも同様に時効が存在します。そして「時効」が成立している場合、税務署に「時効」を主張することは納税者である皆様の権利でもあります。もちろん贈与があって申告義務がある場合には、適切なタイミングで申告することが求められますが、何らかの理由で申告が漏れて、時効が成立している場合には、胸を張ってこれを主張していくべきです。

 

「贈与税の時効」とは?何年で成立するの?

 

税金全般に関する時効のルール、相続税・贈与税の時効のルールを順番にご説明していきます。

 

税金全般の時効のルール

税金の支払い義務は、国側から見ると債権という位置づけとなり、時効が存在します。

 

納付義務があったのに、未納付の状態が一定期間経過すると、時効が成立して税務署は納税義務者から税金を徴収することが出来ません。

 

税金の時効の期間については国税通則法という法律でルールが決まっていまして、原則として5年となります。

 

相続税の時効のルール

相続税の時効も原則通り5年となります。具体的には相続税の「申告期限から5年」と定められています。

 

申告期限は被相続人の方がお亡くなりになられてから10ヶ月ですので、お亡くなりになられてから5年10ヶ月が過ぎると時効が成立することになります。

 

上記が原則的な取り扱いですが、相続税の申告義務があることを知っていたのに故意に申告をしないような悪質なケースの場合には、時効は「5年」でなく「7年」となりますのでご留意ください。

 

贈与税の時効のルール

それでは本題の「贈与税の時効」は何年で成立するのでしょうか?

 

110万円の基礎控除を超えて納税が発生する場合の贈与税の時効成立は、内容に応じて年数が異なります。

 

・贈与税の申告義務を知らず、申告を行わなかったケース(善意の場合)

 →贈与税の申告期限から6年

 

・虚偽申告やその他不正手段で申告を免れたケース(悪意の場合)

 →贈与税の申告期限から7年

 

※贈与税の申告期限・・・贈与が行われた年の翌年3月15日(所得税の確定申告と同じ日)

 

この「悪意の場合」というところも論点になりがちなのですが、「意図的に贈与税の申告をしなかった」(=脱税)と認定されると「悪意の場合」とされて7年の時効が適用されることになります。

 

逆に「善意の場合」というのは、簡単に言うと、知らないうちに贈与をしていたので、贈与税の申告するのを忘れてしまっていたような場合です。なかなか考えにくい状況ですので、「善意」であったこと(6年の時効)を主張するのは難しいと言えます。

 

実際に時効は成立するの?


それでは実際の税務調査の現場において、贈与税の時効が認められるのかというお話しをしましょう。

 

一般に個人間の贈与の事実を税務署がその都度調査するということは、現実的にはありません。
日本での銀行間でのお金のやり取りを税務職員が見つける度に、それぞれのご家庭に電話して、「このお振込は贈与に該当しますか?」なんていうやり取りは出来ませんよね。
お金が移転するのは何も贈与だけではなく、様々な理由があるからです。

 

贈与が成立しているか、時効は有効か否かを把握するタイミング、それは相続が発生し、相続税の税務調査が行われる時に問題となります。相続税の税務調査の調査率は非常に高く、複数の論点につき確認が行われ、特にお金の流れ、贈与についても入念に確認されます。

 

そもそも贈与とは、下記の要件を満たす必要があります。
①あげる人・もらう人がお互いに贈与という行為を認識し、相互の合意があること
②贈与された財産をもらった人が自由に管理・支配できること

 

>>贈与の要件について詳しくはこちら


上記の要件を満たし(贈与が成立)、税務署に対して時効を主張するためには、どの時点で要件を満たしたか(贈与が成立したか)を客観的に説明する必要があります。説明するために有効な手段が「贈与契約書」です。

 

>>贈与契約書の作成方法についてはこちら

 

税務調査による立証責任(証明する責任)は原則としては納税者でなく税務署側にありますので、贈与契約書がなくても必ず追徴課税されるわけではありません。ただし特に金額が多額の贈与に関する時効を納税者が主張する場合には、契約書等の客観的な証拠を強硬に求めてくることが多いのが実情です。

 

要件を満たさない場合には、贈与が成立していないと解され、例えば名義財産と認定され、相続財産として課税されてしまう場合があります。

 

以上のように、贈与税の時効成立を主張するためには一定のハードルがあります。会計事務所や税理士法人のホームページ等を見ても、「贈与税の時効の成立は難しい」という論調が主流であるように思います。ただ、筆者の実際の税務調査の経験では、「贈与税の時効成立」が認められたケースも多くありますので、決して超えられないハードルではありません。

 

裁判でも、時効が認められたケースと認められなかったケースがありますので、事例(判例)で具体的に見てみましょう。

 

贈与税の時効が認められた32億円の贈与(判例)


まずは贈与税の時効が認められた事例(判例・平成17年3月30日静岡地裁)をご紹介しますね。

 

<状況>

 

ある大手企業の社長には3人の息子さんがいました。

 

長男は昭和63年に株の投資のために自分が役員である会社から2億円を借りて株式投資を行いましたが、値下がりを続け、この投資は失敗しました。

 

長男はこの2億円を返済できなくなったため、社長が「出してやれ」と言って、自分の会社の経理担当者に指示し、平成2年に社長個人の預金から息子の口座に2億円が振り込まれ、借入金2億円を返済しました。

 

二男も平成2年に会社から10億円を借りて株式投資をしましたが、長男と同じように失敗したので、また社長は平成3年に二男の口座に10億円を振り込み、二男は借入金を返済しました。三男も株式投資に失敗して20億円の借入金があったため、平成2年に、社長は三男の口座に20億円を振り込みました。

 

社長が3人の息子に振り込んだ金額は合計32億円になります。どの振り込みについても、贈与契約書や金銭消費契約書等の書類は作っていませんでした。贈与税の申告もされていませんでした。また、その後息子さんたちは社長からこのお金の返還を求められたことはなかったということでした。

 

社長は平成8年に死亡し、この32億円については、相続税の申告でも処理していなかったため、相続税の税務調査で問題とされました。

 

<息子さんたちの主張>

 

息子さんたちは以下のように主張しました。

 

・社長は振り込みを行った際、それが贈与であることを明言していた。
・一連の資金のやりとりについて、贈与契約書や贈与税の申告はしていませんでしたが、社長から資金の返還を求められたことはなかった。
・32億円は息子たちの口座に振り込まれており、確実に息子たちの管理下になっていた。
・上記から、実態は「32億円の贈与」だった。
・贈与されたお金なので、社長が亡くなった時点で社長の財産ではなく、相続税の課税対象ではない。
・贈与税は支払っていませんでしたが、税務調査の時点で贈与税の時効も過ぎているので、贈与税の支払い義務もない。

 

<税務署側の主張>

 

これに対して税務署側の主張は以下の通りでした。

 

・社長が資金援助して助けたかったのは、3人の息子さんたちではなく、当時銀行から返済を迫られていた会社であり、32億円は返済のための資金として渡した。
・贈与契約書が作られていないので「贈与の合意」はなく(贈与ではなく)、借入返済の立替金である。
・この32億円の立替金(貸付金)は相続税の課税対象となる。

 

<裁判所の判決>

 

それぞれの主張に対して、静岡地裁は最終的に以下のような判決を下しました。

 

・32億円の振り込みをしたときに社長は経理担当者に「出してやれ」と伝えたが、これが「贈与」を意味していたかは明確ではなかった。
・経理担当者も3人の息子も、社長の「出してやれ」という言葉は贈与を意味するものと理解していた。
・息子たちは、社長から返還を求められたことがなく、返済するだけの資金がなかったことも明らかであり、立替金(貸付金)とはいえない。
・贈与税の申告をしなかったことが、「贈与」がなかったことに、直ちに結びつかない。
・上記のことからこの32億円の振り込みは贈与と言える。

 

結果として、この32億円について相続税の対象ではないこととなり、また贈与税の時効も過ぎているため贈与税の課税もできないことになりました。

 

32億円という非常に多額お金について、贈与税の時効が認められたケースとなります。

 

時効の成立を目的に形式的な契約書を作成したけれども時効が認められなかったケース(判例)

 

ここまでお読みいただいて、「贈与税の申告義務があっても時効の期間を過ぎるのを待てば、納税を免れるのではないか?」とお考えになった方もいらっしゃったかもしれません。

 

ただし、当初から計画的に時効が過ぎるのを待って行った一連の手続が「悪質」として、時効期間である7年を過ぎても課税されたケース(名古屋高裁での判例・平成10年12月25日判決)がありましたのでご紹介いたします。

 

<状況>

①贈与者は、昭和60年3月14日に、所有していた不動産を息子に贈与するという贈与契約書を公正証書で作成しました。

②この契約書作成後すぐには所有権移転の登記は行わず、約8年9か月後である平成5年12月13日に登記の手続きを行いました。

 

通常、贈与や売買等によって不動産の所有権が移る場合には、名義変更のための「登記」を行う必要があります。この不動産の「登記」が行われた場合には、法務局から税務署に名義変更が行われた事実の情報が伝わることになっています。税務署はこの伝達された情報により贈与税などの課税漏れがないかを確認しているわけです。

 

この判例における贈与者の方は、税務署へ情報が伝わることを避けるため、計画的に時効期間(7年)が過ぎるのを待って登記の手続きを行ったわけです。

 

裁判において、納税者側は贈与契約書を証拠として、「贈与契約書を作成した時点」で贈与があったと主張しました。

 

最終的に最高裁まで争われましたが、裁判所は以下の判断を根拠として、「登記を行った時点」で贈与があったものとして、贈与税の時効は認めないという判決を下しました。

 

①公正証書による契約書は贈与税の負担を回避する目的で作ったものであり、契約書作成時に、実質的に不動産を贈与する意思はなかった(契約書が贈与時期を表していない)。

②契約書がない場合の贈与は、不動産の引き渡しまたは登記がなされた時に成立したと考えるべきである。

③登記がされていない以上、息子はこの不動産を自由に活用し収益を得たり、売却したりすることができなかった(その間贈与が成立しているとは言えない)。

 

このように、当初から贈与税を免れることを目的として、意図的、計画的に行った手続は非常に悪質でありますので、時効を主張することは難しくなります。

 

贈与税の時効でお悩みの方へ


過去の贈与でお悩みの方、いかがでしたか?

 

まとめますと、もちろん意図的・計画的な「時効狙い」は論外ですが、意図せずして贈与税の申告手続きを失念し、結果として7年を過ぎてしまった場合には、「時効」を主張する余地は十分あると言えます。

 

またその場合、贈与税の時効については、いつ贈与があったのか(要件を満たしたのか)がポイントになります。

 

贈与契約書があれば、時効の主張を強くサポートする証拠になりますが、契約書がない場合には、複数の状況証拠を積み上げて税務署と戦っていくことになり、税務署と見解の相違が生じる可能性が高くなります。この個別の状況証拠について、それがどのような影響を及ぼすかご自身で判断するの非常には難しいものです。

 

贈与税の時効を主張していくための要件整備などのご相談も多く頂戴しております。それぞれの方のご家族の事情・財産状況を勘案した対策、対応を行っていく必要があります。

 

お悩みの点等ございましたら、まずはお気軽にご連絡ください。「無料相談」でご対応させて頂きます。